何かを達成しようと考えた場合、それはやはり長期的な積み重ねによるのが自然であると思われる。物理的な量を積み重ねるには、人によってその傾きが異なるが、基本的には時間の経過に伴って蓄積が増加し、それをもって目的を達成することになる。一朝一夕で達成できるようなものは、誰もが出来ることであり、出来たからと言って人間が、特に強欲な日本人が満足することは難しい。自転車に乗ることですら、幼少の頃は補助輪を外すまでの間は途方もない努力をしているような気がする訳である。社会人になってから要求されることに対処するためには、その場その場で補うようなレベルではとても足りない。
例えば公認会計士が監査法人で要求されるようなことは、試験に受かったことを前提としているものであり、試験勉強で当然に獲得しているであろう内容をその場で補っているようではプロとしては失格であると言えるようだ。これは相当に厳しい要求で、通常試験に受かるのに2年~3年ぐらいかかるのが普通で、今年の試験の合格平均年齢も27歳であるから、もっとかかると見て良いだろう。1日8時間くらいは皆勉強しているし、それを何年も続けているのだから、仕事を始めてから学んだのではとても間に合わないし苦しいことが想像される。
ここで考えられるのは、予習の重要さである。多くの会計士にとって当然と考えられる内容は、その長期間に渡る学習の上での蓄積であり、突然そのために猛烈な反復を行っているわけで、表面的には本に書いてあることを言っているだけのように見えても、それなりの背景があるということである。こういったことを同じ水準で他人に求めることは不可能であるという前提に立たなければならない。こういった試験勉強は特殊な環境下でそれに特化するという環境を得ることが出来たことにより、達成できたと言える。頭が良かったとか、そういうことよりも、数多く蓄積するスピードを競った結果、初歩的な仕事をするに耐える能力を身に着けたと考えるべきであり、これは仕事のための予習に他ならない。
試験が簡単になれば、予習を怠って授業に望む学生の出来が悪いが如く、仕事の内容も時間比での質は落ちざるを得ない。OJTで鍛えるということも当然必要だが、常識として今まで扱われていたことについてまでOJTでの教育を要求されれば、その上に立つ人間の生産性も必然的に落ちる。業界が特殊だとか、既得権益で守られているとか、そういう考えの人間が上に立っているという状況は、すでにその業界の綻びが出ている状態である。それに加えて今後はゆとり教育世代と呼ばれる学生の入社が始まる。ゆとり教育は確かに問題であろうが、これは学習のカリキュラムだけではなく、時代に大きく左右された結果である。何かしらの実力を身につけて、早く独り立ちしたいと考える若者が多いのは、リストラという言葉に世の中が扇動されたことを思えば当然であると言える。
表面的な情報に踊らされて、身を守るために資格をとり、会社に入った後もその姿勢を崩さず上の人間の言うことを聞かないのは、自分しか信じない方が良いという、ある程度のインテリ学生層での常識を社会に持ち込むためである。悪いことではないが、1つ苦言を呈するとすれば、人間が学習する速度というのはいつの時代も殆ど変わらないはずだ、ということである。急激に学習能力が変わるのは、途上国が先進国になるような過程などに限定される。とすれば、多くの学生は社会に出てOJTなどで多くの事を学び、その結果ようやく1人前になるのである。難関と言われる、会計士試験に合格した会計士も(最近は簡単になったと言われているが)、試験に受かるために勉強した内容はあって当たり前の教養に過ぎず、最初は何かしら仕事を教えてもらうわけであり、それ以上のことをいきなり出来ると考えるのはやはり奢りである。上を突き上げることは当然重要であるが、それ以前に自分の中での蓄積を作り、似たようなことをしている人にそれをいかに有効に生かして行くのかという点を学ぶことがより重要なのである。同じようなことをやっていて、しかも自分より先に走っている人を追い越して行くのは大変である。だから人よりも大きな何かを達成するためには、常に予習をし続けていなければならない。これが大変であるのは言うまでもない。
2008年11月18日火曜日
Vietnum57~Hanoi 33~
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