2008年8月29日金曜日

Spain&France169~Mont Saint-Michel3~

(免疫過剰)
アレルギー体質の人間はどうであろうか。東京という空気の汚い世界で生きるにはあまりにハンデを負いすぎている。脆弱という言葉が当てはまるような、生活において何とか日々を誤魔化して暮らす人間にしてみれば、日々は死との闘いであり、非合理的な行動である。死が最も合理的であるという考え方は危険であるかも知れないが、これに基づけば、生きるということそのものが非合理的であり、合理的な生き方というものは存在しない。合理的に生きる、とかそういうものは全て非合理的だし、●●に生きる、みたいなものは無意味である。ハンデを背負いながら生きたところで、それは非合理的であり虚無である。
競走馬も同じであろう。競走馬は逃げるという特性を利用して人間が生み出した非合理的な行為であり、そこで動く金も無意味であり、いかにマーケットが生み出されようが、胴元であるJRAが儲けようが、そこに何かの意味があるとは思えない。悟りを開いたワンカップ達が人生の終着点を求めるために、競争馬に自らの現役時代(そんなものはなかったかも知れないが)を重ねて、府中くんだりまで足を運び汗をかいて馬を応援するのは、何か虚しいと軽蔑する人間も多い。それは合理的だとか、非合理的だとか、そういうものを超えた無という極地に近いものである。俗世に飽きもせず毎日会社に足を運び、トイレの中で化粧を直し、今日の昼食はどうだったとか、そういう典型的な意味のない話をしている限り辿り着けないこの世の浄土であろう。


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