(世の中の派生)
生きがい、みたいなものがある人間はそれだけ幸せである。そんなことはない、不幸なことも訪れる、という意見もあろうが、大体の不幸というのは人間の主観であり、それは不幸などではなく合理的、つまり然るべくして生じたに過ぎない事実である。やはり一喜一憂することには意味がない。世の中は悉く派生的であるが故に、始まりに辿り着くことは1人の人間の一生を費やしたぐらいではもはや不可能である。人間の生きがいというものが、その派生的なものの先端であるとき、それを肯定し得るか。非合理的なものの積み重ねの中で、派生してきた非合理的なものに人生を賭ける人間もいる。そしてそれを美しいだとか、素晴らしいだとか、これまた主観的な表現で賞賛する輩もいる。人間の基本的な欲求(食欲、性欲、睡眠欲)に近いものほど、本来の姿に近い形をしているとい気がする。絵画や音楽、文書等の芸術と呼ばれるようなものの存在はどうだろうか。それらを一概に非合理的なものであると否定し得ないのは、それそのものに存在価値があると感じているのか、あるいは自分には不可能なものであるというものに対する憧れから生じる神格化か、それとも単なる先入観であろう。
2008年8月29日金曜日
Spain&France172~Mont Saint-Michel6~
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