2008年6月27日金曜日
2008年6月18日水曜日
Spain&France76~Andalucia(Granada13)~
動物の生態というのは非常に興味深いものであるが、アーネスト・シートンの領域でなければ、あるいは架空の人物だがドクタードリトルのレベルにいなければ、真のリスクアナリシスというものは難しいのである。この領域に達した時には、ファンダメンタルとかテクニカルとか、そういった分類を超えて新たな次元での投資を行うことになろう。
排出権がどうのとか、そういったことは市場原理を使って数量規制を行うことにより良い方向に向かうことは確かだろう。環境に関する会計基準が整備されることで、数値として眼に見えて来る事は、何かしらの影響を人類に及ぼすであろう。しかしそれを超越する概念を生み出すことが、超長期の人類の今後にかかってくるのである。
しかしまた、それと同時に人類が繁栄し続けることが、何かをもたらすのだろうかという疑問があり、それを見届けることは私には出来ないという問題がある。残念ながら私が見ることの出来る人類の未来というものはせいぜい長くて50年程度であろうが、それでもこの50年の間に大きな発展をとげた分野もなくはない。経済成長を前進と捉えるのであれば、50年の間に今では想像できない未来を築き上げるかも知れない。非常識な発想が、その時点では常識となっているのだろうか。
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Spain&France75~Andalucia(Granada12)~
単なる人間の都合により動くものというものはあまりない。人間の視点から考える時点で、かなりのバイアスを含むことになる。例えば環境問題なども改善するためには自然そのものの意見を取り入れる必要があろうが、そのようなことは不可能であるから、結果として人間の倫理に委ねられるという限界がある。市場も人間の心理の集合なのであろうが、予測が難しいのは人間の心理の集合だからなのではなく、むしろもっと原始的なレベルで動物の集まりであるということなのであろう。
人間の行動というのは一定の枠組みの中であれば、ある程度予測できるのではないかと思うが、人間には理解できない規則性を持つ動物であると考えれば、予測などほぼ不可能でありどのような研究であっても短期的には効果があっても、長期的には無駄に等しい。
人間に最も近いとされるチンパンジーとすら意思疎通の出来ない現代の科学で、市場という様々な要因により動く1つの動物との意思疎通を図るなどおこがましいのである。投資をするに当たり歴史というのは重要であろうが、つい最近の歴史を見てもせいぜいチンパンジーとの意思疎通が微妙に図れるレベルに過ぎず、今では化石となった恐竜や、過去の歴史の蓄積である原油との意思疎通など出きるはずも無い。
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Spain&France74~Andalucia(Granada11)~
死刑囚には明日がない。悟りを開く、といった精神面での成長を除けば、所謂俗世での成長という概念をその時点で失うわけである。その意味に限れば我々には未だ明日がある。明日があるということは、リスクがあるということである。良い事もあれば悪い事もある。それはリスクである。生きるということにはリスクが伴う。
そういう意味で幸せにも不幸せにもなるし、一喜一憂することもある。それは生物としては当然のことなのであり、バイオリズムというものなのである。死刑囚は裁判官の判決により、無理矢理そのバイオリズムを停止させられ、将来への投資という選択肢を失う。死への恐怖から来る感情の変動と悟りを開く境地に立つ可能性をリスク・リターンと見る向きも無くはないか。
死刑囚は多くの場合には他人の明日を奪うような犯罪をした結果としてそこに至るのであり、救う価値無しと社会正義とされる判決により自らの意思により生きることを許されない。ただ生物として抗う術のない状態に追い込まれて、そのバイオリズムを乱すのは不自然である。
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