死刑囚には明日がない。悟りを開く、といった精神面での成長を除けば、所謂俗世での成長という概念をその時点で失うわけである。その意味に限れば我々には未だ明日がある。明日があるということは、リスクがあるということである。良い事もあれば悪い事もある。それはリスクである。生きるということにはリスクが伴う。
そういう意味で幸せにも不幸せにもなるし、一喜一憂することもある。それは生物としては当然のことなのであり、バイオリズムというものなのである。死刑囚は裁判官の判決により、無理矢理そのバイオリズムを停止させられ、将来への投資という選択肢を失う。死への恐怖から来る感情の変動と悟りを開く境地に立つ可能性をリスク・リターンと見る向きも無くはないか。
死刑囚は多くの場合には他人の明日を奪うような犯罪をした結果としてそこに至るのであり、救う価値無しと社会正義とされる判決により自らの意思により生きることを許されない。ただ生物として抗う術のない状態に追い込まれて、そのバイオリズムを乱すのは不自然である。
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2008年6月18日水曜日
Spain&France74~Andalucia(Granada11)~
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