2008年9月18日木曜日

Thailand14~Bangkok 14~

惑星ですら日々誕生、成長、消滅を繰り返しているのだから、地球上での出来事はそういった大局に従うわけである。従って戦争が全く無くなり、世界中の人類が民主主義の名の下に自由を手にするような環境は永遠に有り得ない。やはり究極的に合理性を追求してしまうと人類は滅ばざるを得ないように思えてしまう。合理性の追求というものは資本主義の得意とする事であり、公認会計士の存在はそのインフラストラクチャーである。
崇高な思想を以て人類を正しいとされる方向に導いて行こうとする人間がいるが、一方で全てのものを破壊してしまおうとする人間もいる。一度壊された文明を取り戻すには多大な時間と金の犠牲が伴い、取り戻したとしてもそれは前と同じとは言えない。引き金を引いてしまうのは、狂信的な彼等にとってはいとも簡単なことであり、経済学を学ぶ事は無いからゲーム理論など知らないし、知っていても後進国は後の事を考える必要はない。
地球の自転による遠心力で殆どのものは平らになる。神に逆らってバベルの塔を建てるものは必ず制裁を受ける。地球上のリスクが人間が思い付く程少ないものとは限らないからである。全ての人間が同一であることは詰まらないが、全体としてその様な時代に人類の歴史が移り行くかも知れない。今は想像だにしないことも50年経てば起きるかも知れないと人々は考えるようになり、100年経てばそのリスクを保険でカバーするのが当たり前になる時代が来るかも知れない。
高齢化が進むという事はある一定のレベルまでは医療の発展や栄養状態の向上など望ましい側面を評価する事が出来るのだろう。しかしながら現在の日本のようになってしまえば、必要以上に寿命が延びている、いや延ばされていると言えなくもない。労働人口が減り、生産性も低下してしまう中では、巻き戻し、つまり寿命の短縮が起きることがいつかは生じるはずである。しかし出生率が上がることは今後も有り得ない。不確実性の中に子供を産み落とすという事は、その子供の生活に責任を負う親として出来ないという事なのだろう。
既得権益は蓄積するものであるがしかし、限界値に達した先はそれ以上の蓄積はを見せることは無くなり、順番待ちの時代がやってくる。組織内では胡麻擂りが横行し、自分の敵と成りうる者を蹴落とす事が仕事だと勘違いすれ者も出て来る。このような組織に未来は無いがこれが高齢化の弊害であり、戦後から続いた経済成長の膿である。こういった体制は組織を誤った方向に向かわせるが、団塊の世代の退職待ちの現状では、あと数年待つ覚悟をせねばならんのである。監査法人は定年を60歳にしたほうが良い。既得権にしがみつく爺は消え去るべきである。

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