2008年7月14日月曜日

Spain&France84~Andalucia(Granada21)~

なぜ身につかないのか。自分で考えたことではないからに過ぎない。結果としてアナリストだとか、そういう他人の言うことを聞いて意思決定するのは、他人任せな部分が大きい。本を読んでそれを生かすというのは難しい。結局その本から得た知識を生かしているかどうかという判断基準は、同じような本を自分で書けるかどうかということになるだろうか。学生の就職活動などにおいて、上場企業に就職したいという学生の場合、有価証券報告書を、あるいは財務諸表を読んだという学生は全体のどの程度いるのだろうか。過去数年間の業績などだけでなく、経営者目線で書かれた企業の直面しているリスク、今後の課題等、その企業に時間と体力という労働資産をつぎ込む人間とすれば読むべき情報が記載されている。日本の有価証券報告書は海外の企業に比べれば内容が薄いとされるが、数値に関しては公認会計士が監査をすることによって保証されており、昨今のマーケットの動向を考えれば、アニュアルレポートや有価証券報告書の作成には企業が真面目に取り組もうというインセンディブが働いている。そういった意味で、その会社のことを知るためには、良いことばかりが書いてある
財務諸表分析を真面目にあるには時間がかかる。時間がかかるということは他人がやらないということであり、それだけ価値があるという発想をして欲しい。マスメディアによる報道など何かを目的として発信されているのだから、中立的な情報など有り得ない。
一方で財務数値は、胡散臭い部分も相当にあるのだが、比較可能性という財務諸表の性格を守るという点を公認会計士や企業の経理担当者が意識して守る限り、ある程度の客観性を保証する。財務諸表利用者として想定されているのは、株主や今後株主になろうという者であろうが、これらの人間はお金を出す者を想定している。企業は当然にその活動を行うに当たり資金を必要とするため、株主に対して企業の実態を報告することは当然とされている。しかし金融庁のEDINETにおいて有価証券報告書の提出の義務のある会社に関しては、ネット環境さえ整っていれば過去のものも含めて誰でも無料で閲覧することが出来る。
この事実に気づいている日本国民はどの程度いるのだろうか。金融立国と目指すという誰かの声もこれでは届くはずがない。ファンダメンタルを無視した投資活動は、資本市場の健全性を著しく損なうし、我々公認会計士の存在意義を否定するものである。多くの学生にとって就職活動を行うということは、人生を大きく左右するものである。大学入試の時は、医学部や東大に入らなければならないような一部の例外を除いては、その後において修正が利くこともある。
私も大学は特殊な学部を選んだものの、結果として退学したため今では、友人を得たこと以外には意味がなかったことになる。しかし就職というものは、これまでの日本企業の慣例に基づいて考えれば、定年までの約40年を過ごすことになるし、あるいは転職する場合であっても最初の入り口というのは仕事の仕方を覚えたりするという意味では大きなイベントであることは間違いない。これはそれだけの時間を企業人としての生活に費やすことになり、自らの身を守るためにその企業がどういった会社であるかということについて、十分知らなければならないのである。それを知らずして、後に会社が倒産するなどして自社株の積み立てを失ったり、さらにはその後の就職もうまくいかないといったリスクもある。もちろん有価証券報告書が会社の情報のすべてではない。しかし最低限でも自分の身を守ることはするべきである。企業というものは株主のためだけのものではなく、労働者のためのものであるし、消費者のためのものでもある。資本を有効に使い得る人間が資本の保有者から資金を募り、それを効率的に運用する。簡単な仕組みである。

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