2008年9月12日金曜日

Cambodia71~Siem Reap 71~

内戦時代に設置された地雷の被害者だろうか。遺跡のところどころで楽器を演奏している。CDなども発売されているようである。カンボジアでは主にUSDが通用するので、お釣りとしてもらったカンボジアリエルの一部を寄付にあてる。日本は第二次世界大戦以降、戦争に参加することもなく、主義主張の違いや宗教の違いなどによる民族紛争も起きていない。所得間の格差が小さいことから、治安に関しては非常に良い状態を続けているらしい。地雷で足を失う、といったことは日常では考えずらく、テレビで報道される番組を通してしか知ることは難しい。クメール・ルージュと呼ばれた共産主義勢力の支配下にあった時代、いわゆるポル・ポト政権時代に、大量にカンボジアの民衆は殺害された。
政治的には失敗しているが、日本は平和な国であるとされる。外交や軍事に関する関心、つまり危機意識が足らないのは、こういった闘争から長く影響を受けていないからなのだろう。アメリカ軍が至る所に駐留しているが、そういった軍隊が日常で目に触れることのない多くの日本人にとっては関心の対象とならない。アメリカにとっては軍事的に重要な拠点であるために、多くの基地を備えており、対中国および北朝鮮、ロシアに関しては軍事的な戦略を保有している。戦後の反戦教育は、今では形を変え教師というプロレタリアの巣窟と化した。
戦後の左翼的な反体制の教育を受けた多くの愚かな大衆は、事実を知らないがとりあえず政府を否定する。このような再軍備を恐れてアメリカが生み出した誤った教育を受けた大衆は、さらにそれを共産主義風に解釈した教師となり日教組と呼ばれる左翼集団を構成する。そして彼等を批判し改革を目指した政治家は闇に葬られつしまう。今時プロレタリアなど流行らせても仕方が無い。我々は自ら自由を放棄する事を選択し続けて来たのである。権利だけを主張する現代の病を治療する術は、利益団体が蔓延るこの国では見つけることは出来ないだろう。政府に大きな権限を握らせているのは有権者であり、そういった関心の無さというものも教育によるものなのだろう。
憲法改正の議論が封印されたが、他国からすればいつまでマッカーサーの与えた憲法を護り続けているのだろうかと不思議であるに違いない。法律を学習する機会が限られていることもあり、憲法の条文については殆ど知らないという一般市民がマジョリティである。日本人の自信の無さはそういったところから来ているかも知れないのだが、因果関係をはっきりさせることは難しい。ただ教育の裏には情報操作的意図が隠れているはずであり、悪く言えばそれはプロパガンダに近しい。
民族紛争が起こらないと言われる日本であっても、様々な利害関係を主張する団体は存在するわけであるし、朝鮮半島からの移民は今でも迫害を受けることはあろう。ましてや戦争後も日本が統治するようなことになっていれば、今でも民族紛争が勃発していただろうし、コソボやアフリカで起きている話が他人事ではなくなる訳である。そういった内容のことは教科書では語られることは無く、圧力をかけている団体が存在することを想像させる。物事の背後にあることは、利権を護ろうとする人間の性であることが殆どであり、後はそれが誰なのかということを理解しさえすれば構造が明らかになってくる。

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