2008年9月6日土曜日

Cambodia3~Siem Reap 3~

旅行期間中にスペイン・マドリッドで航空機事故があり、150名を超す死者が出たという嫌なニュースが入ってきた。そういえば6四半期連続でサーチャージを上げている日本航空は株価が上がっているらしいが、何年も前に群馬の山に飛行機を落として500名以上の死者が出ている。企業の体質に問題があるということは多く取り沙汰されているが、学生には人気の就職先となっている。Spanair遺族等のための委員会を設置して将来にわたりサポートしていくのだと言う。沈まぬ太陽の中で見た日航の現実と言うものが、今はどの程度改善されているのだろうか。
もちろんJALもグローバル企業であるし、ハノイにて滞在した1泊2日はNIKKO HOTELに宿泊した。その部屋などには十分満足している。JALの場合は飛行機代が高いので殆ど使わないが、日本人観光客には未だ人気があるのではないか。サーチャージの上乗せに成功した数少ない会社である。Crude Oilがまた$120/Barrelに乗せている。しょうもないことの繰り返しである。Bloombergとかこういう番組は毎日やっているがその価値があるのだろうか。日々売買されセトルされることで流動性は増すかも知れないが、市場の効率性は増しているのだろうか。余計なノイズが入っているのではないか。そもそも市場が効率的ならば毎日売買がされることが必要なのであろうか。
一方では24時間体制にする必要はないのだろうか。日々売買がされるということはそれぞれの投資家の判断基準が異なるということであり、これが効率的であるということに疑問を抱かざるを得ない。資本主義の世界では市場の拡大=経済の発展なのかも知れないが、市場が必要とされなくなり、いつか共産主義化する世界はやってくるかも知れない。そうなれば、我々監査人も職を失いその存在意義は無かったということになってしまうのだろうか。市場経済の限界というものは訪れるのだろうか。
市場の失敗こそあれ、共産主義に比べれば資本主義はまだマシであるという現状認識とだが、単に人間が愚かなだけで、市場に限界がある訳ではないのかも知れない。貧困により死者が多数出るということは、種の調整なのではないか。殺人や自然災害、そしてまた航空機事故による死者もまたそうなのかも知れない。作られたのと同じだけの時間をかけてそれが崩壊していく、富士山のような形をしている過程というものが本来は自然なのであり、その姿をアンコールワットに見た。
長年人間が叡智を結集して築いた文明を、同じだけの時間をかけて自然が破壊していく。ガジュマルの樹が遺跡を飲み込んでいく姿を確認することが出来る。人間が造ったものは永遠に残るべきだろうか?何かを造ることは必ず次の発展に繋がると考えて良いのだろうか?急激に成長した中国の市場などを見れば明らかなように、実態を伴わずに成長したものは、その崩壊もまた著しく早い。資本主義のおく永遠の成長期待というものは、間違っている気がしなくも無い。それを修正するのが共産主義なのだろうか。それもまた良く分からないが自然が修復できなくなるほどに人間が何かを造ったり壊したりしている姿は滑稽以外の何者でもなく、愚かな種であるということを強く認識する。確率的には大したことはないかも知れないが、自然死と定義される死者のみでは人類が永遠に繁栄することになってしまい、それは自然法則に反するのだろうかか。宗教と科学の境目が曖昧になってしまうが、増えたものは減るのが自然なのであり、そこに理由は無い。地球が丸いのと同じぐらい難しい話だが簡単なことでもある。単にそうであると受け入れれば良いのであり、余程の天才でない限り数式を書いて解明しようとする必要もない。マーケットは自然なものであると捉えるべきなのであろう。人間のような小さい存在がどうにか出来るような代物ではなく、そこにあるそしてそうあることが自然な存在である。タイは敬虔な仏教徒の国である。人類が滅ぶのはいつのことか分からないが、宗教のある人々にはそれすら受け入れることが出来るかも知れない。PL学園が強いのはチャンスやピンチで胸の御守りか何かをギュっとするからであり、それが無い他校とは何かが違う。

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