今週からタイ(バンコク・アユタヤ・スコタイ)・カンボジア(アンコールワット)・ベトナム(ハノイ・ホーチミン)に10日ほど滞在。最近東南アジアも治安が悪いので、危ないかも知れん。それから、飛行機に7回乗るので、日本国内で電車で生活しているよりは死ぬ確率は上がる。喘息患者にとって途上国の排気ガスの濃度は気にならないはずがない。それならばインドに行ったときもどうではないかという話だが、いずれにせよ何かあると困るので一応生前にこんなこと言っていました、と言うことを残しておこうかと思しき。そういえば喘息の吸引薬をキュバールからアドエアに変えた。最近になって日本で認可されたという(2007年6月)。これが高いがまた効く。体質の問題なのかキュバールはあまり効かなかった。重度の喘息患者ということなのかも知れない。アドエアをグーグルで検索すると随分と丁寧なサイトが用意されている。テオロングを飲めば相変わらず手が震える。メプチンエアーを吸引して寝ると心拍数が上がり汗だくで目を覚ます。
遣り残したことと言うと、つい最近CFAがLevel1に受かったところで、Level2の教科書をGetしてこれから勉強する気がようやく湧いてきたところだと言うこと。北島も言うように何かを達成した後にモチベーションを同じようなものに向けるのは難しいということである。CFAのCurriculumは相変わらず分厚い。あとは、そのうち海外に行くために英語勉強しているのになかなか上達しないな、と思いつつ少しだけ前進はしていることか。あとは何だろうか、旅行に行きたい国が沢山ある。海外旅行にあと100カ国ぐらいは行きたい。今年はまだ3回目か。中国(上海・蘇州)、フランス、スペインに加えて今回の3つ。
なんと狭い世界で生きているのか。試験と旅行。しかしこれも現実。本当は海外の大学院にでも行きたいところである。しかし時に生きていく中で多少の幸せを感じることはあるわけであり、何も達成せずに死ぬという訳でもなかろう。ハイパーインフレーションで抗う術もなく餓死する途上国の貧民に比べれば、と一応の先進国の民が何と比べているのだという感じだが、個々人が幸せであればまたそれも由なのかも知れん。天災、餓死、感染症などによる死者が出るのは種の調整である。種の調整でも嘆く人はいる。合理性をそこに求めるのは意味がないことなのだろうかと直感的には理解する。
人間の効用というものは数字で表す事が出来るような幻想を抱く。経済学で言う単純化の仮定である。物々交換の領域ともまた違うのだろうか。リアルオプションなどと言って人間の意思決定の不確実性を逓減する試みは、人間の将来を通貨のみで測定している時点で限界がある。意思決定をする段階でのノイズを取り除く事に一定の意味を見出すと言うこともあろうが、ノイズかどうかの見極めが出来ない人間はそもそも成功しないのだろう。それほど複雑ではないとされるこの世の中にあっても、独りの人間が単純化して語れるほど単純でもない。最近は極端な単純化が多い。自分でもそうだが職業病で白黒つけたがるがそこには無理な仮定があったりする。グレーを逆に生み出している気がしなくもない。監査人は白黒つけるだけマーケットに関して適当なことを言うエコノミストやら何ちゃらアナリストに比べればましじゃないかと、最近は思う。
本当は獣医になるつもりだったが、何故だろうか今は会計士だ。その前は作家になろうと思っていた。それはそれで良かったと思うこともあるし、そうでもないこともある。ご多分に漏れずこの私もしょうもないことに苦悩する一介の青年であったということである。資本主義の想定する永遠の持続的成長ないしインフレ期待というものには懐疑的だが、喘息治療の進展は私個人の生活を確実に良い方向に向かわせる。医療の発展も資本主義の恩恵によるところもあり、必ずしも否定すべき対象であるとは言えない。
2008年8月13日水曜日
Spain&France90~Andalucia(Granada27)~
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