2008年2月25日月曜日

India40

ガンジス河は、他の観光地とは訪れることの意味合いが全然異なり、インドと宗教というものを深く考えさせられる。とは言っても、私自身に宗教に関する造詣があるわけでもなく、ただ彼等を支えているものが何なのか、日本人が戦争で負けて失ったものは何だったのかとか、そういうことに思いを馳せつつ、沐浴はさすがにしないが、木のボートに乗っかって沐浴するインド人やネパール人の写真を撮る。あるいは朝陽を撮影する。実に朝5時の話である。ここでは遠藤周作の『深い河(ディープ)』で予習した知識もかなり役に立つ。独り旅をして沐浴をするというのであれば、病気になることを覚悟の上で是非沐浴していただきたいと思う。ここでは自分の見ている景色と、小さいデジカメが移す景色というのが、撮りたいイメージとだいぶ違う気がして、次の旅行では、もうちょっとちゃんとしたカメラを持って行きたいと思う。ちなみに写真を撮るのは昔から意外とうまいと言われる。宗教を失った日本人は、人の死を軽々しく扱うところがあるかも知れない。最近電車内での乗客同士のトラブルが尽きないという話を聞く。私は、以前電車に乗ったときに、酔っ払った女性が吊革にもたれかかって寝ていて、座っている乗客に突っ込んだのを見た。すると座っていた女性が、酔っ払って寝ていた女性に対して「死ね、こいつ」などと吐き捨てたのである。教育を受けた人間の発言とは思えないが、このご時勢、彼女も高校ぐらいは卒業しているはずである。となると、何故彼女は死ね、などと言ってしまうのか。宗教を失った日本という国の副作用がこんなところに出てきているのではないだろうか。日本という国は、戦争以前はおそらく仏教を信仰している人間が多かっただろうが、政府によって神道を強制され、敗戦とともに、信仰の対象を失ってしまった。その後民主主義を確かに実現したのかも知れないが、人々は殺伐としている。確かに公共機関に乗るときに、酔っ払って周りに迷惑をかけるのは良くないが、座っていた女性が席を譲って、死ねなどという発言をしなければ、お互いに嫌な思いをしなくて済んだはずである。原因は酒を飲んで酔ったことであるが、その後で死ねという発言をすれば、きっと彼女は家に帰って誰かにぶちまけるはずであり、そのぶちまけられる側もいい迷惑である。


Rajによると、この写真の真ん中に座る男は、バラモンの階級に属する人であるとのこと。こういったシャーマンのようなことをする人間は、やはり皆バラモン階級出身の人間でなければならないようである。そういった習慣を身近で感じることもないせいか、階級と言われてもピンと来ない。

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