2008年2月18日月曜日

香港20

水上生活者の暮らしを拝見。全員ボートの上で生活をしている。日本では貧困に喘いでいる生活者は、社会がそうさせるが故なのか、あまり目立たない。日本で貧しいと言われる人達も、とにかく苦しい生活を強いられていることは確かであるが、他国の貧しさに比べると格段に豊な生活であることも多い。だからと言ってその貧困を我慢しろというのではなく、全てのものを救済していくのは難しいのだということを認識する。そもそも所得を再分配するだけでは失敗することは政治の歴史を見れば明らかなように、単に与えるだけではまるで意味がないのである。
最近では貧困を撲滅するという目的を持った経済学者などが、啓蒙活動を続けているようだが、結局経済学者のおいた仮定から漏れたから貧しいとも言える人々を、どのようにして救っていくのだろうか。おそらく貧困が原因で死に逝く人々を救うためには莫大な金がかかるであろうが、それを投資と思って出資できるような人はなかなかいない。バフェット級の金持ちだとすれば、それも可能かも知れないが、通常は投資家に利益を出し続けなければならないファンドなどが、金にならない貧困撲滅という行動に出資をするはずがないのだから、ODAなどに頼らざるを得ないということにもなろう。これらの金を最も効率的に使うことが出来るのは誰か。そういった人選を行う時に、本来の目的に即した選び方をしているか。人間対人間という関係の中では、必ず摩擦が生じている。自己のためにならないことは避けたがる傾向にあり、そういった意思決定をするときに私利私欲を捨てて行動できる人間は少なかろう。私もまた、自分の生活を守っていくことに必死で余裕がない人間の1人であり、他国のこういった貧しい人々の生活も他人事である。

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